星降る夜になったら

もう何年も前の話だけど、友達がなゆの誕生日を祝うお話を書いてくれたことがあります。

その時は橘なゆとか好きあってるとか考えていなかったけれど、その頃の思い出も含めていままで大切に思えてきたんだなぁと、私も橘も感じているんだなぁというそんな話。

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ずっと一緒に来たかった場所があると、いつか七夕希が言っていた。

「ここに来ると、思うんだ。帰ってきた!って」

彼女の腰くらい高さのある草をかき分けて、七夕希は丘を歩いた。めずらしく足取りに迷いはないようだった。もう言われなくても分かるくらいに、ここは星が光っている。それはもう、一面に。薄い色のワンピースを揺らしながら振り返らずに先へと進み、そうしてゆるい傾斜の丘の一番上まで登った彼女を、立ち止まって見上げた。

「橘くん、どうしたの?」

その問いかけに、すぐには答えなかった。夏草が揺れて、風の音がする。七夕希はすこし遠い。静かになってから、声を張った。

「見とれてた」

「お星様、きれいでしょう」

相変わらずのずれた返事に、気付かれないようにそっと笑った。思っていることが、全て届くわけじゃないけれど、それでいいと思う。

「空をよく見てて。流れ星がたくさんなんだよ。橘くんは何をお願いする?」

しばらく考えたけど、頭に浮かんだそれは多分、七夕希と同じことだった。だから言わないでおくことにする。

「難しいね。……七夕希は?」

「この先、ずっとこのままいられますようにって!だけど、なゆはね、少しでも大人になれたことが嬉しいんだ。橘くんには追いつけないけど、同じ道を歩いてるみたいで……変わらないけど、変わっていくんだよ。なんて言えばいいんだろう。難しいなぁ」

瞬間、あ、と思って、俺も七夕希も大人になったことに気付く。知らないうちに、彼女の髪は前よりも長くなった。ずっと隣にいるうちに、いつの間にか、月日が重なっていたらしい。増えた料理のレパートリーとか、覚えた星の名前とか、お互いに変わったことが数え切れないほどある。……変わらないものは、なんだったかな。

「……昔、河原で星を見たよね」

俺は何年も前のことを思い出した。

確かあの時は、白鳥と笑涙も一緒だった。その日の朝は雨が降っていたのに、白鳥の言う通り、夕方になると空は晴れて真っ赤になって、夜はきれいに星が見えた。嫌々ついて行ったけれど、忘れかけていた七夕希の誕生日を思い出させてくれた彼らには感謝している。

おめでとうの一言で、あんなに笑顔になった七夕希を、昔の自分はどう思ったんだろう。

「なゆも、覚えてるよ。空がきれいだったね。なにより、橘くんにおめでとうって言ってもらえて、すごく嬉しかったなぁ」

なまぬるい風が強く吹いている。振り返ってこっちを見ている七夕希の髪が、何度も風になびく。暗くてよく分からないけれど、たぶん笑っているんだろう。散らばる星があまりにたくさんで、それを背にする彼女は小さく見えた。夜は深すぎて、星がひとつ落下して消えたってきっと気づくことはない。そう思う。ひかりのようなひとが変わらずそこにいるのなら、なおさら。

「橘くん。また、ここで待ち合わせしようね」

「うん」

「星の逢い引きみたいに、今度はひとりでも、迷わずにたどり着けるよ」

「うん……そんな気がする」

丘を登って彼女の隣まで来ると、夜空はもっと近かった。何万光年も先の宇宙に散りばめられた星たちの、まばゆさにはっとする。七夕希と出会って、何かを見てきれいだ、と思うことは多くなった。それにしたって、こんなに息をするのが難しかったことはない。

掴んだ手が強くにぎり返されて、約束した夜が瞬いた。